お水取り

09年03月11日

すっかり春らしくなって来ました。しかし油断は禁物『お水取りが終わると春が来る』昔からそう言われてきました。昔っていつからでしょう?第1回目が西暦752年と言われるこのお水取り!!奈良の歴史の風物詩として全国的にも有名です。皆さんは行ったことがありますか?お寺という存在は ①信仰 ②文化 ③観光といくつかの視点が考えられますが、今回は主に ③観光としてのお水取りを話題にしていきます。冒頭にも触れたように永年続けられたこのお水取り、回数を覚えるコツは第1回目が大仏開眼と同じ年ということです。今年なら2009(年)-752(年)+1=1258(回)です。

今年は石川県から来寧された企業経営者の方とご一緒し、3月5日に私は二月堂に上がりました。といっても二月堂の欄干(らんかん)下の斜面で待つこと1時間。19:00に松明(たいまつ)が脇の階段を上がって行き、そして欄干を北から南に移動して行きます。暗闇の中、松明の炎は意外に明るくその熱さが視覚的に伝わってきます。「火の粉がかかると1年間無病息災」と記憶していますが、飛び散った火の粉は落ちる前に消えてしまいます。(終了後、灰が衣類に掛かっていましたが・・・・)外から見るとなだらかな斜面も、平らな部分が少なく何とかひしめき合っているという感じで、500人位上がっていると思います。

また、石川県の方々からその場で色々質問が有りました。?Q日中の練行衆はどこにいますか? Q若草山はどこですか? Qこの場所の高さは何mですか?等々(一通り答える事ができほっと(≧▽≦)しています♪♪この間、ちょうど30分程度です)この後、二月堂本堂に入って11人の練行衆が行に取り組まれている様子(内陣)を見学しました。今回で内陣に入らせて頂くのは3回目でした。わずか1時間で退出しましたが、その間に歴代別当の方々が入ってこられ、間近でお目にかかる事ができて何とも言えない有難い気持ちになりました。

話はそれますが、東大寺のある長老(元別当)が、数年前お目にかかった時、こうおっしゃったことを思い出しました。「最近『失われた10年』と日本経済の事を指していうが、何をもって『失われた』というのか?その間に研究・開発・人材育成は進んだのではないか?」という事でした。『失われた』という言葉を使うことは返って元気がなくなる。そんな言葉を軽々しく用いるべきでないと、長老はおっしゃったのだと思います。現在の政治・経済は以前にまして大変厳しい状況ではありますが下を向かずに前を向いて「失われた」のではなく、新しい未来の為に頑張って行きたいと思います。

帰りに二月堂すぐ下のお店で好物のきざみうどんを食べて温まりました。

 
次回は話題を柔らかくして「少年野球」をテ-マにします。以上