作文

12年10月13日

再会 渋谷のハチ公

今月早くも二号!
快調です

ところでみなさま小林しげきフェイスブックはご覧いただいてますか?
こちらも常時100人見ていただいてます
文章は短いですがほぼ毎日アップされています
赤いボロシャツがトレードマークですがぼちぼち衣替えします

さて「作文」

私にとって思い出の作文を3つ紹介します
年代順です

1973年頃
小学生の頃の宿題で書いた作文
内容はカマキリの卵を持ち帰って育て
ある日大量のカマキリの赤ちゃんが生まれて
全て虫かごから逃げる
というもの
小中高校時代を通じて記憶している作文はこれだけです
なぜか?
担任のT先生が作文を書かせ
先生がほめて
クラスのみんなも感想をいう
こんな内容の授業で
私が書いた「カマキリ」は会心の作品だったからです
ただどのように誉められクラスの仲間がどんな感想だったかは覚えていません
すいません今思うと自己満足でした
しかしカマキリの小さな赤ちゃんは鮮明に覚えてますよ

1984
大学受験
試験科目は
英語(多分よくできた)
日本史(ヤマが当たった
)
論述力(最悪
)

慶応/法はなぜか論文といわず論述力といいます

制限字数1000字なのに書いたのはたったの700
与えられた題も覚えてません
この頃受験雑誌で論文の添削を毎月受けて対策はしてたんですが
難しいテーマばかりでした
「死刑制度の賛否について」とか
機会があればこのことも書いてみたいです
もったいぶってすいません
奇跡的にはこの大学に合格、進学できました

2002
さて最後です
奈良青年会議所理事長として
総会に提出した議案
「全国大会誘致運動を始めよう」
その付属資料
わずかA42枚の趣意書です
奈良はいいところやけど我々は気がついてない
これからは大都市ばかりに目をないでふるさとに自信と誇りをもとう
照れずに奈良を学び全国の人に奈良の魅力を語ろう
ざっとこんな感じです

通るか否か大変なプレッシャーの中で説明をし
最後は会員に理解してもらいました
「あれは理解じゃなく脅迫だ」
「文章はあまり記憶にない」
などの感想をいまだにいただきます

70人の会員の前で文章を読み終えたころはストレスで両手が上がらず
後で「これがホントの『お手上げ』やな~」
と思ったもんです

駄作三点でした
振り返ると作文の内容は
大したことなくても
とにかく真剣に考えた
そのことは何らかの形で花開く
そう感じます

今回はこんなもんで・・・
次回「校歌」
(どれでいこかな?)